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「たちぎれ線香」 桂米朝

 
 「あんたが殺しなはったというしかしょうがありませんな」



噺の中で、主人公に向けられたセリフ。
 演者である、桂米朝に向けたくなる。


これが、桂枝雀を殺した落語なのかもしれないと弟弟子・小米が言う。


 「たちぎれだけは突破口が見いだせず、崩せなかったのでは。だから、あのネタが枝雀兄さんを殺したんじゃないかと思ってしまうんです」

            (朝日新聞「米朝口まかせ」より)


 米朝本人も回想する。


 「かつて私が京都の市民寄席で、たちぎれをやった時、枝雀は聴きながら泣いていた。ところが、楽屋に戻った私が平気で親子どんぶりを食べてるんで、えらい憤ってね。サンケイホールで私が中入り前にたちぎれをやり、トリネタで『池田の猪(しし)買い』をかけた時も、『あんなにええ噺の後になんで』とぼやいてたんやて」

 

 私が読んだ資料には、本人のこんな言葉があった。


 「私が落語やめたい言うたら、『たちきれ』があるやないかと言うてください」


 いつかやりたい。
 でも今の自分にはやれない。


 師匠は、弟子を評してこう言った。


 「芸が枯れる時期をつかみそこねた」

 遺書代わりに枝雀が残した20日連続興行のネタ帳が残っている。
 1日3ネタ、20日。 
 「延陽伯」で始まり、「崇徳院」で終わる。

 「たちぎれ」は入っていない

 まだだ、と思っていたのか。
 やりたい、やりたい。
 でも適わない、できない。

 その芸とは、どんな物か。


 キレイキレイで印象が薄い桂米朝の落語。
 なかなか手が出なかったが、思い切って聴いてみた。

 冒頭はまったりと進んでいく。
 志ん生の物まねを入れながら、当時の遊郭事情を話す。

 芸者と深い仲になり、勘当寸前となった若旦那。
 100日の間、戒めのために蔵に閉じ込められる。


 そこにやってくる恋する芸者・小糸からの手紙の嵐。
 ふつっと、80日目に途絶える。
 若旦那は手紙があったことすら知らない。
 
 100日経って蔵を出された若旦那、小糸に会いたくてまっしぐら。
 ……手紙が止まったのには理由があった。 

 「小糸はウチにおります」と見せられたのは、恋人の位牌。

 「誰が殺したッ!」と叫ぶ若旦那に、茶屋の女将が言う。
 「あんたが殺した」


 ここから、女将が話す小糸の純情、手紙の返事が無くて悩み苦しむ日々、食が細くなって、息絶える最期の瞬間。

 そこには可愛いカワイイ女心と、彼女を取り巻く人々の心配が鮮やかに描かれる。自ずと小糸ちゃんの気持ちに同化して、最期はこれで泣くなというのは無理やという状況に追い込まれる。
  
 
 「しゃーん、と一撥入れて、じぃーっとしてるさかい、どうしたんえ、弾いたらどうえ、と言って顔を見ましたら、もう、この世のものではありませんでした」 


 小糸の想い、女将さんの気持ち、そして愛する女を死なせてしまった若旦那の後悔。
 
 全部が流れ込んでくる。
 なんて芸なんだろう。


 体に染み付いた関西弁を美しい音楽のように綴りながら、かつての上方の空気を作る芸に、ただ酔う。


 「米朝を聴いている」、という気がしない
 上方の人々がわらわら出てきて脳内でドラマを繰り広げる。
 

 泣くと同時に、ぞっとした。

 これは、魅入られても仕方が無い。
 これをやりたい。自分なりにやりたい、でも自分には色気が無い。
 泣かせる落語は期待されていない。


 枝雀に皆が求めたのは「爆笑」だった。

 
 先日見たテレビ番組で、枝雀が必死で語っていた。

 「私のこう笑ってる顔ってのは、仮面なんです。演じてるんです。でも仮面も10年も20年もかぶり続けてたら、もうどっちが仮面かホンマの顔かわからんようになってくるんです」


 そこまでやれば、私は楽になれる。


 一緒に見ていた家人がぼそっと言った。
 「こんなこと考えてるから、死んでしまうんや」


 枝雀になかったもの。
 
 命をかけた恋を演じた後に、親子どんぶりを食べられる図々しさ。
 それは「枝雀を聴きに来る」客の失望に耐えられる、強さ。 


 「これから演らしていただきたいネタは山ほどありますが、ひとつの目標は『たちきれ』です。今から二十年ほど前、私がうちの師匠の『たちきれ』で受けた感動をなんとか再現してみたいのです」
 
                            ――「桂枝雀のらくご案内」より

  線香一本分の間だけでも、出てきて演ってくれへんやろか、枝雀さん。
   

 
 〔本日のネタ元〕

 

 コレだと思われます。
 「馬の田楽」とのカップリングなんて、また枝雀師匠が怒りそうです。


 

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