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2004.03.11

国語は「思いやり」の教科

 主に小説を読解する際に、「想像力」は不可欠です。「想像力」というと小難しいので、生徒には「思いやり」と教えます。「小説わからん!」という子には、最初にこんな授業をします。

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私「あんな、家に帰ったらお母ちゃんがこないして掃除機かけてたとしようや」
と、鼻歌を歌いながらルンルンで掃除機をかける真似をします。

私「お母ちゃんは今、どんな気分やと思う?」

子ども「嬉しい!」「機嫌がいい!」「ええことあった!」

私「それは、お母ちゃんの仕草や鼻歌や表情で判断したんやな。だから小説読むときには“気持ち”がわかる表情や態度にも線を引くねんで」

(ここで、代表的な気持ちを表す仕草や態度を色々やって、気持ちを答えさせます)

私「じゃあ、さっきのルンルン状態のお母ちゃんに、『お母さんのむっちゃ大事にしてるコップ割ってん』って告白したらどうなると思う?」

子ども「ヤバイ」「殺される」「怒られる」

私「まぁ、私やったらめっちゃ怒るな。大体の人は大事にしてるものを壊されたら怒るはずや。ここでお母ちゃんのご機嫌やった感情が、君の『コップ割った告白』によって怒りモードに変わるわけやな。これが小説で読みとらなあかん“気持ちの変化”や。気持ちが変化する、ってことは何か原因があるねん。

 小説書く人は、この“気持ちの変化”に命を賭けて書いてはるし、基本的に登場人物の気持ちになりきって読んでほしいって思ってるから、文章の中にヒントはいっぱい転がってるはずや。君らが 『僕が話しかけたら顔が赤くなるってことは、僕のこと好きなんかな』『なんで、私と話す時は目をそらすんだろう、嫌いなのかな』と目の前にいる相手のことを表情や態度をヒントに思いやるのと一緒。

 登場人物の仕草や表情に線を引いたり、こんな事件が起こったら嫌な気持ちになるな、原因とセットで考えたりしながら読めばよくわかるし、なりきって読めるねん。男子も女子の気持ちになれるし、昔の人の気持ちにもなれる。戦争中の人にもなれる。小説を読む時は“思いやり”を忘れんといこうな。ほな、今日の文章は田舎の小学校に転校してきた男の子になって読むねんで。はい、どこに線引くんやった?」

子ども「気持ちの現れてるところ」「表情」「態度」

私「そやな。『~思う』『~考える』『~感じる』と、『嬉しい』とか『悲しい』なんていう気持ちを表す言葉も見逃すわけにはいかんな。それ以外で、今日習った『相手の気持ちがわかる仕草・表情・態度』も見つけたら線を引こう。そんなら、時間あげるし全部見つけたところ引いてごらん。間違えてもええから。」

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 国語の中でも小説は、オトナでも忘れがちな「相手の気持ちを思いやる」力が必要です。バックボーンとしての「内容を読み取る語彙力」や「長文に耐える集中力」を鍛えつつ、苦手な子向けの授業ではスローペースで自分の身に置き換えさせながら、「思いやり」を積み重ねます。

 いじめが起きるのも、「人の痛みへの思いやり」の欠如は大きな原因なので、授業を通してそこまで教えられるように努めています。人の感情が自然と流れ込んでくるような(それでいて神経質にならない)、そんな柔らかい人格に育てるのに、国語教育は侮れません。映画やテレビで感動できる子は、語彙力とスピードを解決すれば小説は必ず解けるようになります。

 …うーん、やっぱり生の授業じゃないと感じは伝わらないな(笑)。めっちゃ面白いんですよ。子どものリアクションって。

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コメント

おはようございます。
国語の問題を解くのが苦手だったserenaです。

本(といっても主に小説)を読むのは好きで、ちょっと空想癖あり・・・だったかもしれません。長文問題が苦手でした。

かたや、主人、小説なんか読む必要なし!(全然読んでないことはないのですが)小学生に詩を教える(読解させる)なんてもってのほか!という考えの持ち主ですが、国語得意、と豪語していますし、実際のところ、学生時代かなり高得点でした。

私は解答を見ても「何でやな、私の解釈のほうがあってると思うで」というタイプ。主人曰く、「あんたの解釈を答えるのではなく、出題者の意図を汲むってことが解答作業や」。

そういうものだといわれれば、そうだろうと私など、すぐに納得してしまうのですが。。。

以前、生徒に「こないだテレビに出ていた作家が『自分の作品が出題されていて《この場面で作者はどのように考えていたか》という問題があったが、私はあんなこと考えて書いたわけではないんですよね』って言ってたんですよ。いったい、国語の問題ってなんなんですか!」って言われちゃいまして・・・
とっさに主人の受け売りでしのいだのですが、もし、クロネコととさんがそのように聞かれたら、どのようにお答えになるのかなぁ、って思いました。

投稿: serena | 2004.03.12 09:26

 私も以前、遠藤周作の講演会に行った時に自分で自分の文章の入試問題を解いて間違えた、なんて話を聴きました(笑)。

 基本的に、国語の問題は「満点」を取らせるものではありませんので、平気で悪問が入っています。最初の方でそれは叩き込んでおくので、8割は文章の中のヒントを中心にたどると答えが出ますが、残り2割になった時に「本人の解釈」があながち間違いでないことがあります。

 人間の感情は割り切れるものではなく、その感情も起きる可能性がある時には一旦認めておいて選択肢問題であれば「答えの重さ」を比べます。

 より感情が文章に添っているもの、という判断はケース・バイ・ケースですが、感情を扱うものなので幅広く認めながらも解答テクニックを教えざるを得ません。記述問題も大量の解答を機械的に丸付けしますので、採点基準のツボを外さない解答の作り方を教えます。

 ただ「想像力」が豊かであることは、正しい答えが作れることより素晴らしいことで、それに関しては褒めます。現実問題としての「受験で点を取らせる」と真の「国語教育」の両立した授業を目指しているので、子どもの想像力を止めずに解答を出す方法を、その場その場で考えています。

 こんなところで、いかがでしょうかm(__)m

 

投稿: クロネコとと | 2004.03.12 11:21

早々のお返事、痛み入ります。
(実は自分の日本語に自信がないので、ここに書き込みするときは相当緊張します。とはいえ、それでましになっているかというと・・・)

解答とは違うけれどほめられる答えと明らかな不正解、それを見分けるのも国語を教えてらっしゃる先生の力量、といえるのでしょうね。

英語だとさしずめ、「解答以外の英作文は×(他の表現のよしあしが判断できないから)」か、「解答のほうがいいけど、こういう表現もありだよね」といってあげられるか。

いつも勉強になります。ありがとうございました!


投稿: serena | 2004.03.12 14:41

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