「受験=悪」なのか?②
私は最初の授業でよく言います。
「この中で『勉強好き好き、テスト見たらよだれでそうなぐらい嬉しい』って子、手ぇあげて~」と言うと、誰も手を挙げません。聞き方のせいもありますが(笑)。
「じゃぁ、この中で親に言われて仕方なく塾に来てる人、手ぇ挙げて~」…バラバラと手が挙がります。
「イヤやったら辞めたらええやん。でも、君らは『受験したくない!』と親に理由を言ってちゃんと説得できるか?…できへんかったから、ここにおるねんな」…だいたいニヤニヤしながら聞いてます。
「…ってことは、ホンマに真剣に嫌やったらやめられるのに、その努力をしてへんねやろ。じゃぁ、受験したり塾に来たりするは誰のせいでもない。君らは自分で選んでここにおるねん。どうせやるなら、本気でやろうや。どうせやるなら、めっちゃ賢くなろう。ほんでもって、楽しくやろな。勉強はおもろいで~!」
中学受験は宝くじです。ハッキリ言って、ものすごいギャンブルです。親は金を使い、子どもは貴重な幼少時代を2年ないし3年捧げます。そして、悲しいことにその宝くじを買うのは、残念ながら子ども自身の決断ではなく親の決断なのです。
私たちは、子どもたちがわけもわからず土俵に乗ってしまったのを、最大限の結果をもたらすべく努力します。だから躾や情操に関わる部分まで意識的に指導してきました。塾=受験勉強だけではない。詰め込み教育でもない。そう思い込んでいる人は、しばらく受験業界から離れていた人だと思います。入試には思考力を求める問題が増えています。
そして、「当選」だけが成果ではない宝くじです。我慢強くもなるし、目の前の志望校に通らなくても公立中学での学習や内申点を取るのが楽になり、推薦で高校に行ける場合もあります。時間管理やノートの整理法も覚えます。それは社会人になっても役立つ財産です。
中学受験は、上手に付き合えば子どもの成長にプラスになります。そのためには親が「受験を通して何を与えられるか」を、子どものために考えてそして言葉にし続けないとダメです。出てくる言葉が「○○中学に入ってね」だけではダメなのです。「遅くまでがんばれるなんて、すごいね」「こんなキレイなノート作ってるの!」「難しいこと勉強してるんだね」と声を掛けてやってほしい。切望します。
ちなみに、「高校入試は通過儀礼」は中3の最初の授業で黒板に書く言葉です。昔の15歳には元服や、丁稚奉公や、戦争などの「試練」が与えられていた。世界各地にこの年齢の子どもたちを対象とした「試練」が存在します。欲望を抑えて目標達成のために、努力すること。現代の日本ではたまたま「受験」なわけで、15歳はこれを乗り越えるのに十分な年齢であり、そういった試練が必要な年齢だと思っています。
だから、もし日本に「15歳でフルマラソンを走るのが通過儀礼」という法律があれば、受験がマラソンになるだけです(笑)。ハッキリ言って、ここで努力をできない子は大人になれません。だからかなり厳しくやっています。(そういう意味でも、私は中学入試より高校入試推奨派です)
最後に、大学入試は「自分で開く扉」です。自分が納得の行く扉を開きたいからこそ、「浪人」という現象が発生するわけです。私は京大・阪大コースの現代文を教えていた時、だらっとしている生徒によく怒鳴ったものです。
「お前ら、どっかで『来年がある』なんて思ってないか?大学選ばんかったら他にもあったやろし、大学なんて行かんでも生きていけるねんぞ。浪人なんて自分のわがままやんか。それに親が金出してくれてるんやで。それがわからんほどガキでもないやろ!てめぇで決めてここにいるんだったら、怠けるな!」
ま、こうやってそれぞれの「受験」に定義を与えながらモチベーションを高めるのが私たちの仕事です。その中で、実は「受験勉強」=「学問の入り口」になる授業をしているわけですな。テクニックだけ教えている先生を探す方が大変やと思います。塾教師のほとんどは、自分の教科の学問としての魅力を知っていて、それを織り込むことに長けています。
年齢や内容に合わない入試問題、儲け主義に走って受かる子以外は“お客様”と読んでいるような塾の存在は「悪」だと思います。 が、私は「受験は悪ではない」と言い切ることができます。
長くなりましたが、こういう見方もあるのだと知ってもらえれば幸いです。


Comments
こんばんは
受験=悪 ですか。時代が過ぎれば過ぎるほどこう捉える人の割合が増えていくんだなと改めて思いました。
中学受験は親の趣味で、それに巻き込まれた子供はかわいそうかなとは思いますが、高校以降の受験は任意なのです。(当たり前ですが)
こう書くと今の時代高校ぐらいは。。。と反論が帰ってくることは目に見えているのですが(笑)
受験させられている、理不尽なことを押しつけられているとしか捉えられないのなら、それはあまりにも悲しい。
生きていく上で直面するいろんなことはそれをどう捉えて立ち向かうかで大きく変わっていくと思います。受験もその一つでしかないですね
立ち向かうと言うことを避けがちになっている今の時代で、高校受験は自分に向き合うことの出来るとても良い機会の一つだと思いますね。自信をもって頑張れと伝えてあげたい
Posted by: りょうとくん | 2004.03.28 at 07:22 PM
受験(高校)はむしろ必要な経験だと思います。
受験を通じて深く自分を考えますから。
自分と友人・家族の関わりも。
うちのような小さな個人塾の場合長い子は9年間通ってくれますから、最後の受験で子供がぐっと大人になることがよくわかります。
都会の過激な受験・・という部分に拒否反応する人もいるでしょうがたいていは受験システムは良いほうに働いていると思います。
大人も子供も壁を乗り越えることで成長していきますよね。
どう乗り越えていくか・・はこちら側の責任が大きいですけど私は受験指導は好きです。
Posted by: さとさと | 2004.03.29 at 04:09 AM
受験自体は私も必要だと思っています。ただそれを本人に如何に納得させる事が出来るかが肝心ですよね。「高校位出ておかないと」というのではなく、高卒の資格ないと目指す事出来ない進路があると。
中入試に関してはそこで努力する事を忘れてしまった人間を数人知っているのでなんともですが(苦笑)私は楽しかった記憶の方が多く残ってます。知らない世界を知っていく楽しさはその後本を多く読む事に繋がっていきましたし。
まあ何事も本人次第ってあるかと思いますが 笑
Posted by: やす | 2004.03.29 at 12:46 PM
みなさん、ご意見ありがとうございますm(__)m
受験の必要性やそれぞれの教科の存在意義を、正しく教えられる教師でいたいものです。
中学入試にしても、入ってからが大事ですよね。高校入試で目標達成や自己鍛錬の快感を知った子は、いい大人になります。そういう受験をさせるのも、教師の役目ではないかと思っています。教師の方はお互いがんばりましょう(^o^)丿
Posted by: クロネコとと | 2004.03.31 at 03:45 AM