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2007.02.07

私論:受験国語に解法ナシ。

 
 先日から、作問の仕事をいただいて苦しんでいます。苦しみながらふらふらと本屋の受験コーナーに出向くのですが、そこに溢れる「○○式」などの参考書を見て強く抱いたのは「果たして自分の国語読解の指導法とは何だ?」という疑問です。

 

 

 それから今までずーっとやってきた授業を反芻していましたが、私の指導法にはやはり法則は存在していません。 前にも書いた「トレーニング式国語学習法」「ながら解き」といった「勉強やテストのコツ」はルール化できても、読解法に関しては法則化はどうしても無理だという結論に落ち着きました。

 

※「○○の法則」を全否定するわけではありません。優れた先生が経験の上で導いたものを活用するのも、有効な手段の一つです。

 

 

 

 

  私は授業の最初の時期に、こう言うことがあります。 

 

 

  「私と同じ思考回路になれば、受かる。同じ頭にしてやるから、解説を必死で聴け」 

 

 

  恐ろしく傲慢に聴こえますが実際のところ早い子で10回、遅い子で20回私の解説を聴けば、同じ思考回路で問題に取り組むように仕上がってきます。 
 

 

 だから授業は、基本的に頭から読んで文章と設問を行ったり来たりします。悠長に論の流れを黒板に整理するなんて手間は取りません。

 

 

 新しい文章がここにある。
 頭からガリガリ噛み砕いていって、設問にぶち当たる。
 これは今解くべき問題か、後に回すべき問題か。
 思考を繰り返しながら、文章の本筋を見失わないように読み進める。 

 

 

 これさえできれば、どんな文章が出てきたって怖くない。
 受験校の問題傾向がそれぞれ違っても、大丈夫。
 読めれば解ける、解ければ受かる。それだけのこと。

 

 

 よって「私はこの問題をどう読んでどう正解を出したか」という思考の流れを、問題を解くのに使える時間(大問1つで20分程度)を意識して教えるのが私の指導の基本です。しかし、私と彼らの間には「語彙力」「経験」「知識」の差が横たわっています。

 

 
 語彙力に関しては道具ですから、漢字テストや語彙の確認を別枠で徹底的に行います。小学生だと、習った言葉をしばらく使わせるキャンペーンを実施し、短文や会話の中で使いこなせる指導をします。また知らない言葉が出てきても、漢字をバラしたり前後から推察して判断する訓練も並行して行います。

 

 

 小説1つでも伊達に年を重ねていないワケで、さまざまな別れや幸福感を知っている私と同じ思考回路にするには、解説の中で痛いほどの擬似体験をさせなければなりません。だから小説を解説する時は、わざと情緒的かつ感情的になります。 

 

 逆に論説文だと、地理・歴史・現代社会・科学など多方面の知識がないと読みこなせない文章があります。読解問題なので知識が無くても解ける部分もありますが、それでは本当にその文章を理解したことにならない。そこで、知識を与えながら解説を進めていく。

 

 
 そこで解説には「解くべき時間(20分)+α」の時間がかかるのです。
 ※この「プラスアルファ」の時間が年々長くなることには、危機感を抱いています。

 

 

 

 どんな難解な文章でも、情緒的な小説でも。
 問題文に向かって読んで理解をし、設問の真意を見抜いてミスをしないように解答をする。

 

 

 受験国語をやっているのでこの「設問に答える」作業が入るだけで、本来は「文章の意味を正しく理解する」ことができれば国語の学習としては十分。次のステップとして、自分の視点で文章に対する意見や感想を書けるようになれば言うことはありません。

 

 
 それを実現するには、できるだけ問題文に当たる時「何の話だろう?」とワクワクして読む意識が最初の一歩になります。
 

 

 私自身が、新しい問題に当たる時にいつも普通に「読み物」という意識で入ります。
 そうすれば「内容を理解したい」という気持ちが自ずと湧いてくるから。

 

  
 私の授業は「読んで、理解して、解く」という私自身の体験を、生徒に疑似体験させることです。
 

 

 だから早い段階で授業(=文章の世界)に引きずり込んでしまわなければ、全く効果が無くなります。特に小学生相手では、脳内に風景が浮かぶ授業というのを意識してやっていました。

 

 当てて子どもたちの発言を引き出し、その思考の流れが「解釈」として面白ければ褒めつつも、「正解」を出すのに間違っていれば正しい思考の流れを教える。合間にたくさんの小さな課題と、褒め言葉と、豊かな感情と知識の世界を散りばめて共にゴールに向かう。

 

 この「王道」の先生は学校にも塾にも多いので、飛び道具(○○の法則といったルール)が出ないからと言ってバカにしちゃいけません。一度、真剣に「同じ思考回路を持ちたい」と思って聴いてみるといいと思います。

 

 

 一見、得点に直結しないように見えますが、
 それはおそらく“一生の宝”になるから。

 

 
 自分がどれだけその宝を与えられたかについては、自問自答の日々です。
 

 

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コメント

お久しぶりです。無事、受験も終わりました。

時々電話で
「どういう指導をするのか、とか具体的にどんな・・」という質問をされます。

さらに
「指導法をプリントにして、作成してくれませんか」
と言われます。

・・・できないし・・

・・・・自分がどんだけいいかげんか!と思っていましたが、安心しました。

>同じ思考回路をつくる

そうそう!!とモニタの前でうなずきました。

入試の問題用紙を見たり、本人達と会話したりするたび、思うことですが・・・まるで自分の鏡であるかのような状態の子供がいます。私との学習歴が長い子ほど、その傾向が強くなり、自分でもそこから学ぶこともあります。

おもしろいものだ、と私は常々思うのです。


投稿: kuru | 2007.02.13 18:12

kuruさん

>お久しぶりです。無事、受験も終わりました。

ほっと一息ですね。
そして、寂しい時期でもありますよね~

>・・・・自分がどんだけいいかげんか!と思っていましたが、安心しました。

私もこれだけ授業の工夫は好きなのに、どうしても究極の読解法は出てこないので不安だったんです。今は納得して指導できます。人間が書き、人間が問題を作り、人間が解くものですから、ブレがあって当然なんですよね。


>まるで自分の鏡であるかのような状態の子供がいます。私との学習歴が長い子ほど、その傾向が強くなり、自分でもそこから学ぶこともあります。


素晴らしい!
信頼している国語の先生に、そのような実感があると知って私の方こそ安心しました。

そんな生徒がいるなんて、うらやましいです。


投稿: クロネコとと | 2007.02.20 01:41

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