スルツカヤのフリーのプログラム、今季最初に観た時から「これがゴールドメダルのプログラム???」と不安になった。数曲つないで変化をつけて小技を詰め込み、高得点を目指したプログラム。でも「新採点方式で勝つため」のプログラムであれば、これで正解かもしれない、と漠然と思っていた。
私はスケートを競技としても好きだけれども、忘れ得ない「名プログラム」に出会える瞬間が好きだ。だから新採点方式になってから特に「○○の『△△』」と呼ばれるようなプログラムが出にくくなったことを、寂しく思っていた。
「○○の『△△』」ってナンのこったい、と思うかもしれないが「○○」には選手名、「△△」には楽曲名が入る。
古いので言えば、
・トービル・ディーンの「ボレロ」
・カタリナ・ビットの「カルメン」
・伊藤みどりの「シェラザード」
・ルー・チェンの「ラフマニノフ」(96年FP)
・クワンの「サロメ」「レッド・バイオリン」
…その他もろもろ。
わりと最近で言えば、
・ヤグディンの「アラビアのロレンス」「グラディエーター」「ウィンター」
※個人的には「くるみ割人形」SPだけれど
・シェン&ツァオの「トゥーランドット」
・サレー&ペルティエの「ある愛の詩」
・ベレズナヤ&シハルリドゼの「チャップリンメドレー」
・プルシェンコの「剣の舞」
などなど、今テキトーに思いつくまま書いているのだが、「○○の『△△』」と呼ばれるプログラムはメダル以上に記憶に残る。長野でみんな覚えているのはクーリックより「キャンデロロの『ダルタニアン』」(または「剣で戦ってるフリの人」と覚えられているらしい)だし、ソルトレイクで覚えているのは「ストイコの『ライーヨー』と刺繍されたカン違い衣装」だろう…後者は違うな。
だから今回、ようやく「荒川静香の『トゥーランドット』」という名プログラムが観られたことが、ただ嬉しい。確かに、ジャンプの質は2年前の3-3-2、3-3を組み込んだプログラムには劣っている。ミスだってあった。でも彼女はイナ・バウアーの後に助走をあまり置かず3-2-2を跳び、凝ったスピンを入れて「ここで終わり」と思ってもいいところで、優雅なステップを入れてきた。
スケートの醍醐味って「滑ること」だと改めて実感。
エッジを深く入れてカーブを描く足元の滑らかさと、指先までの大きな動き。ここのステップは、他の選手が「さーやるわよ!」と見得切って、速い音楽に速いステップで観客を煽り、勝負をかけてくるところ。あえて彼女は、ぐぃっぐぃっとカーブをたっぷり取って「滑って」いた。スケーティング本来の美しさ。一蹴りの伸びがするすると長い。
皮肉にも、高速ステップを流行らせたモロゾフがこのステップ作ったってんだから、名コーチながら酷なことするものよ、と思う。村主嬢はトータルでホントに良かったんだけれど、いつもなら音を外さないはずの彼女が、ステップに足が着いていかない違和感があって残念だった。
他の選手についても書きたいのだけれど、とりあえず仕事もあるのでここまで。
フィギュアスケートってナンなんだ、というのを非常に考えさせられる大会だった。
《余談》
スルツカヤがジャンプ失敗した後に、脳内で何度も描いていたであろう「このジャンプで拍手が来て、このステップで手拍子(あったけど)、このジャンプでもう一段盛り上がり、そしてスピンで大歓声のなかフィニッシュ!」というシナリオが崩れた中で、必死で笑顔で滑っていたのが胸に迫った。
コーエンはまだこれからがあるけれど、スルツカヤは前の五輪のクワンみたいなことになってしまった。ノーミスでなかったこと、それが悲しい。
「メダル!メダル!」とがっついてなかった静香さんが、さらっと持っていってしまった。オリンピックは毎回、こうして悲願の金を獲りに来た選手を泣かせる。(私の中で強烈なのは、オクサナ・バイウルとサラ・ヒューズだった)
《余談2》
いつもこの城田のオバはんのコメントにはムカつく(「武史には家一軒分つっこんでる」だのなんだの)けれど、強化部長は選手をかばうのも仕事なんじゃないのか?こんなこと言うぐらいなら、安藤をゴリ押しするな。本人も可哀想だ。 http://www.asahi.com/sports/spo/TKY200602240240.html
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